彼らは以前の皇帝とは異なり、擁立が主に軍の軍事力を背景としたクーデターによることが挙げられる。軍人皇帝の身分は比較的低い出自が多く、たとえば最初の軍人皇帝であるマクシミヌス・トラクスはトラキア出身の一兵士からの叩き上げであり、マクシミヌス以外にも軍人皇帝たちの多くが名乗るほどの家名や祖先は持たず、彼らの擁立は軍隊の経歴により、その影響力もまた兵士たちのみであった。また元老院はこの時代には軍隊の推挙を受けた指導者を追認するだけの存在となり、よって地方の軍隊によって推挙され元老院の認定のないまま皇帝を僭称する軍司令官が乱立した。前線で戦う兵士たちにとって、軍司令官として有能な者を皇帝に選ぶのは死活問題であり、元老院としても国家防衛を皇帝に委ねる以上、これを承認する以外に無かったのである。
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しかし軍人皇帝たちのほとんどはローマ帝国国境の軍司令官であったため、帝位の交替があるたびに国境防衛に空白が生じ、防衛能力の弱体化を招いた。そのためゲルマン人の侵入を容易にし、結果としてアウレリアヌス帝が再びローマに城壁を築くほどであった。皇帝の資格は配下の軍事力とともに、兵士によって擁立されるため兵士を雇う能力にあり、これがなくなると兵士の支持をまたたく間に失い、剣で取った権力を剣によって失うことになった。このたびに先人のローマ人たちが築いてきた数々の公共事業−ローマの街道やローマ領内での安全性が劣悪になった。また、それぞれの戦線において、兵士たちがそれぞれ皇帝を擁立し、それら皇帝候補者の争いによる内乱も生じた。
284年、プラエフェクトゥス・プラエトリオであったディオクレスが帝位に就くと、ディオクレティアヌスと名を変え、帝国のシステムを改革する。彼はまた帝国を4分割するというテトラルキアの制度を作り上げた。